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萩原健一

2007/09/29 02:20
萩原 健一(はぎわら けんいち、本名・萩原 敬三、1950年7月26日 - )は、日本の男優・歌手。埼玉県与野市(現:さいたま市中央区)出身。ニックネームは「ショーケン」。由来はデビュー前の不良仲間3人、ダイケン、チューケン、ショーケンから。元ザ・テンプターズ、PYGのリード・ヴォーカル (PYGは沢田研二とのツイン・ヴォーカル)。

来歴
埼玉県大宮でスカウトされ、ザ・スパイダースの弟分バンドザ・テンプターズのヴォーカリストとしてデビュー。「神様お願い!」「エメラルドの伝説」など次々とヒット曲を飛ばし、グループサウンズが生んだスターとしてザ・タイガースのジュリー=沢田研二と人気を二分する。

解散後井上堯之、大野克夫、沢田研二、岸部一徳ら実力者を揃えた布陣でPYG(ピッグ)を結成する。各種ロックフェスティバルやテレビ出演などもこなしたが、渡辺プロサイドの「あくまでメインはジュリー」といったスタンスに合わなかったことや、音楽面での正当な評価を得られなかったことなどへの苛立ちから、音楽活動よりも映画監督を志すようになる。

1972年に製作された松竹映画「約束」の製作現場に、助監督として参加。しかし元の主演俳優が降板してしまった事を受けて、急遽萩原が代役に抜擢される。

「約束」での岸惠子との共演は、それまでの「アイドル」としての認識を一変させるほどの高い評価を得、これを機にPYGの活動を続けながら俳優へと本格的に転身。TVドラマ「太陽にほえろ!」の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける(井上尭之バンドの起用やその後同番組の代名詞となった新人刑事の殉職は萩原のアイディアによるもの)。

1972年12月をもって音楽活動を停止(これによりPYGは事実上解散)。1974年には名匠・神代辰巳 とのコンビによる映画「青春の蹉跌」でキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。続いて日本テレビ系の伝説的ドラマ・「傷だらけの天使」、倉本聰脚本の名作・「前略おふくろ様」と連続して大ヒットを飛ばした。既成の枠組みから完全に外れた強烈な個性と存在感、その圧倒的な感性の鋭さをもって当時シラケ世代と呼ばれた若者の間でカリスマ的な存在となる。また菊池武夫のMEN'S BIGI(メンズビギ)をはじめファッションリーダーとしても絶大な支持を得た。

1975年には初のソロアルバム「惚れた」をリリース。これをもって音楽活動を再開し、「お前に惚れた」「大阪で生まれた女」等のヒット曲を背景にライヴ、アルバム制作と八面六臂の活躍を見せる。特にライヴパフォーマーとしての評価は高く、柳ジョージ&レイニーウッドがバックを担当したライヴ盤「熱狂雷舞」(1979年)、マザー・テレサの慈善活動に共感しインドはカルカッタでチャリティコンサートを行った「Shanti Shanti」(1983年)、高橋伴明を撮影監督に迎えた日本ロック史上屈指のライヴフィルムとの誉れ高い「Andree Marlou Live」(1985年)等はその到達点として記憶されるものである。

俳優としても脚本家・橋本忍直々の指名を受けての松竹映画「八つ墓村」(1977年)や黒澤明の「影武者」(1980年)など話題作に出演。徐々に追いつめられてゆく誘拐犯を熱演した「誘拐報道」(1982年/モントリオール世界映画祭審査員賞)、作家・連城三紀彦 が萩原をモデルにしたという直木賞作品を自身で演じた「恋文」(1985年/日本アカデミー賞優秀男優賞)など数多くの名演を残し、故・松田優作をはじめ後続の俳優に大きな影響を与えた。

しかし1983年、大麻不法所持にて逮捕され、1年間に渡って全ての活動停止を余儀なくされる。この事件でそれまでの反逆児としてのイメージは更に高まった。復帰後も俳優業と平行して音楽活動を行い「愚か者よ」等のヒット曲を出すが、1990年以降音楽製作とは距離を置き俳優業をメインに活動を行うようになる。

「美味いんだなぁ、これがっ」のキャッチフレーズでおなじみサントリーモルツのCMや東芝日曜劇場「課長サンの厄年」の好評をうけて'90年代は主に普通の父親像を演じることが多くなり、反逆児的イメージを求める従来のファンを戸惑わせた反面、新たなファン層を獲得。山口智子、室井滋と共演した「居酒屋ゆうれい」(1994年/報知映画賞・高崎映画祭主演男優賞)、15%を超える高視聴率をマークしたドラマ「外科医柊又三郎」(1995年)とヒット作が続いた。

2003年に長いブランクを経てライブ活動を再開したのも束の間、2004年10月、交通事故を起こし業務上過失致傷罪で現行犯逮捕される。 また同年には、降板した主演映画「透光の樹」の出演料を巡るトラブルで制作側から恐喝未遂で告訴され、執行猶予付き有罪判決を受けるなど現在は下降気運にある。 当初脅迫電話をしたことは否定していたが、後に録音された音声を突きつけられ、容疑を認めた。

2005年6月に懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決が下り、事実上、活動休止。 再婚相手との離婚を経て「傷だらけの天使」の映画版で復帰が決まっている。 過去にも数多くの女優との交際が取り沙汰されたりと常に話題には事欠かず、いわゆる団塊の世代が生んだ最大のスターの一人である。

出演
ドラマ
太陽にほえろ!(1972年、日本テレビ)
明智探偵事務所(1972年、NHK)
風の中のあいつ(1973年、TBS)
同棲時代(1973年、TBS)
祗園花見小路(1973年、CBC)
河を渡ったあの夏の日々(1973年、NHK)
くるくるくるり (1973年、日本テレビ)
勝海舟(1974年、NHK) (岡田以蔵役)
新宿さすらい節(1974年、TBS)
傷だらけの天使(1974年 - 1975年、日本テレビ)
前略おふくろ様(1975年 - 1976年、日本テレビ)
前略おふくろ様2 (1976年 - 1977年、日本テレビ)
祭ばやしが聞こえる(1977年 - 1978年、日本テレビ)
死人狩り(1978年、フジテレビ)
露玉の首飾り(1979年、TBS)
花冷え (1981年、よみうりテレビ)
わが愛の城〜落城記より(1981年、テレビ朝日)
忍びの忠臣蔵(1981年、フジテレビ)
ガラスの知恵の輪(1982年、毎日放送)
時間の習俗(1982年、TBS)
君は海を見たか(1982年、フジテレビ、増子一郎役)
宣告(1984年、TBS)
温泉サギ師(1986年、TBS)
見えない絆(1988年、フジテレビ)
飢餓海峡(1988年、フジテレビ)
精性生(1988年、NHK、東海北陸のみ)
隠密・奥の細道(1988年、テレビ東京)
六条執念(1989年、関西テレビ)
お市御寮人 (1989年、日本テレビ)
ラストバラードは君に(1989年、フジテレビ)
あいつがトラブル(1989 - 1990年、フジテレビ)
ネコノトピアネコノマニア(1990年、NHK)
豆腐屋直次郎の裏の顔(1990年 - 1992年、朝日放送)
旅のはじまり(1990年、NHK)
徒然草 殺しの硯(1990年、テレビ東京)
太平記(1991年、NHK大河ドラマ 新田義貞役):途中降板
月のひかり (1991年、NHK)
琉球の風(1993年、NHK大河ドラマ 揚邦義役)
課長サンの厄年(1993年、TBS)
課長サンの厄年スペシャル (1994年、TBS)
幸福の条件 (1994年、NHK)
ハイこちら駐在です!(1995年、フジテレビ)
放送記者物語 (1995年、NHK)
奈良・花嫁はゴースト(1995年、関西テレビ)
外科医柊又三郎(1995年、テレビ朝日)
されど、わが愛(1995年、NHK)
冠婚葬祭部長(1996年、TBS)
外科医柊又三郎2(1996年、テレビ朝日)
テロリストのパラソル(1996年、フジテレビ)
最後の恋(1997年、TBS)
坪内警部補・父と娘の事件簿(1998年、TBS)
華やかな喪服(1998年、朝日放送)
元禄繚乱(1999年NHK大河ドラマ 徳川綱吉役)
父さん (2000年、フジテレビ)
広域捜査官楠錬三郎 北へ南へ1(2000年、朝日放送)
藤沢周平の人情しぐれ町(2001年、NHK)
ファイティングガール(2001年、フジテレビ)
利家とまつ(2002年、NHK大河ドラマ、明智光秀役)
広域捜査官楠錬三郎・北へ南へ2(2002年、朝日放送)
西村京太郎サスペンス・日本一周“旅号”殺人事件(2003年、大映テレビ、十津川警部役)
広域捜査官楠錬三郎3(2003年、朝日放送)
坊さん弁護士・郷田夢栄(2003年、テレビ東京)
証言(2004年、朝日放送)
坊さん弁護士・郷田夢栄2(2004年 、テレビ東京)

映画
ザ・テンプターズ「涙のあとに微笑みを」(1969年、東宝)
めまい(1971年、松竹、監督:斉藤耕一)
春だドリフだ全員集合!!(1971年、松竹)
約束(1972年、松竹、監督:斉藤耕一)
虹をわたって(1972年、松竹)
股旅(1973年、ATG、監督:市川崑)
化石の森(1973年、東宝、監督:篠田正浩)
青春の蹉跌(1974年、東宝、監督:神代辰巳)
雨のアムステルダム(1975年、東宝、監督:蔵原惟繕)
鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い(1975年、ATG)
アフリカの光(1975年、東宝、監督:神代辰巳)
八つ墓村(1977年、松竹、監督:野村芳太郎)
その後の仁義なき戦い(1979年、東映、監督:工藤栄一)
影武者(1980年、東宝、監督:黒澤明、武田勝頼役)
魔性の夏〜四谷怪談より(1981年、松竹、監督:蜷川幸雄)
誘拐報道(1982年、東映、監督:伊藤俊也)
もどり川(1983年、三協、監督:神代辰巳)
カポネ大いに泣く(1985年、ケイエンタープライズ、監督:鈴木清順)
瀬降り物語(1985年、東映、監督:中島貞夫)
恋文(1985年、松竹、監督:神代辰巳)
南へ走れ、海の道を!(1986年、松竹、監督:和泉聖治)
離婚しない女(1986年、松竹、監督:神代辰巳)
夜汽車(1987年、東映、監督:山下耕作)
竜馬を斬った男(1987年、アルマンス、監督:山下耕作、佐々木只三郎役)
極道の妻たち三代目姐(1989年、東映)
226(1989年、松竹、監督:五社英雄)
裏切りの明日(1990年、東映、監督:工藤栄一)
激動の1750日(1990年、東映、監督:中島貞夫)
渋滞(1991年、ディレクターズ・カンパニー、監督:黒土三男)
いつかギラギラする日(1992年、松竹、監督:深作欣二)
居酒屋ゆうれい(1994年、東宝)
JOKER 疫病神(1998年、ギャガ・コミュニケーション)
ダブルス(2001年、オメガ・ミコット)
月の砂漠(2001年、サンセントシネマワークス)
天使の牙B.T.A.(2003年、ワーナー・ブラザーズ)

アルバム
惚れた(1975年)
Nadja〜愛の世界(1977年)
Nadja2〜男と女(1978年)
Nadja3〜エンジェル・ゲイト(1979年)
熱狂雷舞(1979年)
Don Juan(1980年)
Don Juan Live(1980年)
D'erlanger (1982年)
Shanti Shanti(1983年)
Thank You My Dear Friends(1984年)
Andree Marlou Live(1985年)
Straight Light(1987年)
Shining With You(1988年)
Thank You My Dear Friends Live(1989年)

シングル
ブルージンの子守唄 c/w 少年の魂(1972年)
お前に惚れた c/w 兄貴のブギ(1975年)
前略おふくろ c/w 酒と泪と男と女(1975年)
別れの詩 c/w 雨のしおり(1977年)
時は流れて c/w 蜃気楼(1978年)
大阪で生まれた女 c/w 本牧綺談(1979年)
ムーンシャイン c/w ルーシー(1980年)
ぐでんぐでん c/w 砂時計(1980年)
ラストダンスは私に c/w 泣くだけ泣いたら(1980年)
ホワイト&ブルー c/w フラフラ(1981年)
ハロー・マイ・ジェラシー c/w シャララ(1982年)
Ah!Ha!(1982年)
もう一度抱いて c/w セクシー・ロンリー・ナイト(1983年)
九月朝、母を想い(1984年)
愚か者よ c/w めぐり逢い(1987年)
See Saw c/w 友(1987年)
桜子 c/w 今(1987年)
Angel(1988年)
クリスマス・プレゼント c/w Shining With You(1988年)
Gambler c/w Angel(1992年)
泣けるわけがないだろう c/w I Love Youさえ言えない(1996年)











 一言では言い表せないモノが、ショーケンさんにはあると思います!(笑)

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Gメン'75

2007/09/28 21:42
『Gメン'75』(ジーメンななじゅうご)は、TBSテレビ系で放送された刑事ドラマ。
映像での番組名は「G MEN' 75」。

「Gメン」シリーズ

1975年5月24日〜1982年4月3日(毎週土曜日21:00〜21:54)の延べ7年間に渡って『Gメン'75』を放送。

『Gメン'75』が終了して半年後の1982年10月17日〜1983年3月13日(毎週日曜日20:00〜20:54)に続編として『Gメン'82』を放送。

1993年4月13日に単発番組(2時間)『Gメン'93春 第一級殺人の女』を放送。

2000年10月23日と2001年4月16日に単発番組(2時間)の『Gメン'75スペシャル』がそれぞれ放映された。

Gメン'75
内容
警視庁庁舎から独立した捜査班「Gメン」(黒木警視(後に警視正)を長として、5〜7人が所属。Gメンとのパイプ役として、警視庁側に小田切警視や南雲警視がいる)が様々な事件を解決していくハードボイルドドラマ。

「沖縄米軍基地問題」「交通遺児」「安楽死」等社会派の話や、些細な偶然から転落した犯罪者の話などバラエティーに富んでいたが、次第に警察官の関わる犯罪を扱うことが多くなり、不当捜査・でっち上げなどの警察署内の腐敗に挑むなど、「警察の中の警察」というカラーが強くなっていった。また、倉田保昭がカンフーアクションで活躍する香港ロケ編、他にも海外ロケ編がある。

題名の「75」は番組がスタートした1975年になぞらえた。

タイトルバックについて
陽炎の立ちこめる中、メンバーが滑走路を横一列に歩く構図と各人のアップを映したタイトルバック、バックに流れる菊池俊輔作曲の「Gメン'75のテーマ」は視聴者に強烈な印象を与え「Gメン」を語る際には欠かせない存在となっている。

番組放映中はもとより現在においても、時折テレビ番組やCMにおいて「Gメン」のタイトルバックのパロディが製作されているところからも、そのインパクトの強さが感じられる。

使用車両について
番組スポンサーにトヨタ自動車が含まれていたことから、番組に使われる車両には基本的にトヨタのクラウン、マークII、クレスタ、チェイサー、セリカXX、コロナ等が用いられた(後継番組の『ザ・サスペンス』も同様)。

番組ができるまで
本作は、国際警察の秘密捜査官チームが主役の『キイハンター』に端を発し、探偵学校の校長とその生徒が主役の『アイフル大作戦』、探偵社メンバーが主役の『バーディー大作戦』と続いた「TBS系土曜夜9時オンエア・東映製作」の集団アクションドラマ路線の4作目に当たる。

それまでの3作が「明朗かつ荒唐無稽なアクション活劇」を展開していたのとは打って変わり、「アクションドラマではあるものの、緊張感に満ちた心理描写や、社会性を強調した重厚かつ先の読めない人間ドラマ」が中心となり、「シリアスでハードボイルドな刑事ドラマ」として製作された。

この『キイハンター』以来のアクション活劇からの路線変更の中心となったのは、『キイハンター』以来のTBS系土曜夜9時の東映製作による集団アクションドラマのプロデューサーとして君臨してきた近藤照男であった。この近藤照男は、もともとシリアスで社会派のハードボイルド志向が高く、「シリアスでハードボイルド、単なるアクションドラマではなく、重厚かつ完成度の高いドラマを加味したアクションドラマを作る」事を目指していたそうで、『キイハンター』から『バーディー大作戦』までの明朗で荒唐無稽なアクション活劇路線は、近藤照男の本来作りたい路線ではなかった。『キイハンター』が爆発的なヒットを飛ばして5年間のロングランとなり、続く『アイフル大作戦』も『キイハンター』ほどではないものの安定した人気と視聴率を獲得したものの、『バーディー大作戦』が視聴率的に振るわなくなり、その『バーディー大作戦』の問題点や次回作の方向性などについて、スタッフと語り合ったという。

そればかりでなく、オイルショックに伴う世情不安を反映した重厚かつ陰惨な社会派の人間ドラマが求められるようになり、『キイハンター』などのような荒唐無稽で軽快なアクション活劇が多くの視聴者から拒絶されだした当時の時代背景も本作の企画に大きく影響し、それもこの頃の近藤照男をはじめとするスタッフを奮い立てる要因となったのである。

キャスト
第1話〜第33話
黒木警視:丹波哲郎
関屋警部補:原田大二郎
草野刑事:倉田保昭
津坂刑事:岡本富士太
響圭子刑事:藤田美保子
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介

第34話〜第104話
黒木警視:丹波哲郎
草野刑事:倉田保昭
津坂刑事:岡本富士太
響圭子刑事:藤田美保子(〜103話)
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介

第105話〜第204話
黒木警視:丹波哲郎
立花警部補:若林豪
草野刑事:倉田保昭(〜第202話)
中屋刑事:伊吹剛
速水涼子刑事:森マリア(〜第203話)
山田刑事:藤木悠
小田切警視:夏木陽介

第205話〜第226話
黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
津川螢子警部補:夏木マリ
中屋刑事:伊吹剛
村井刑事:有希俊彦
田口刑事:千葉裕
小田切警視:夏木陽介

第227話〜第252話
黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
津川螢子警部補:夏木マリ
中屋刑事:伊吹剛
島谷刑事:宮内洋
田口刑事:千葉裕
南雲警視:川津祐介

第253話〜第306話
黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
中屋警部補:伊吹剛
島谷刑事:宮内洋
田口刑事:千葉裕
吹雪杏子刑事:中島はるみ
南雲警視:川津祐介

第307話〜第330話
黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
草鹿刑事:鹿賀丈史
田口刑事:千葉裕
マリコ・寺岡刑事:セーラ
賀川陽子刑事:范文雀
津村冴子警部補:江波杏子

第331話〜第355話(最終話)
黒木警視正:丹波哲郎
立花警部:若林豪
草鹿刑事:鹿賀丈史
古田刑事:谷村昌彦
風間刑事:藤川清彦
賀川陽子刑事:范文雀
津村冴子警部補:江波杏子

登場人物の詳細
黒木哲也警視(第205話より「警視正」)(演=丹波哲郎)
Gメンの総指揮者。めったに現場に出ることはないが、的確な指示で、メンバー達をまとめる。

関屋一郎警部補(演=原田大二郎)
Gメン初代メンバーの一人。やや暴走しがちで、黒木から「万年警部補」と揶揄されるが、第1話において恋人をその兄である関屋の先輩刑事に殺される事件を経て、初代メンバーのリーダー格として成長する。第33話において、犯人と撃ち合いになった結果、相撃ちになり殉職。

草野泰明刑事(演=倉田保昭)
Gメン初代メンバーの一人。元はマル暴担当の刑事だった。空手の使い手で、肉弾戦においては、おそらく初代メンバー中最強。その腕で、香港において、麻薬組織を2つほど潰している。草野は本当は「汪雲龍」という名の中国人であった。第202話において、難民たちとともに生きていく道を選び、Gメンを去る。

津坂真一刑事(演=岡本富士太)
Gメン初代メンバーの一人。Gメン設立以前から関屋一郎警部補の部下である。当初は寡黙であったが、次第に熱血漢な面が強調されていく。第104話において、父親の敵である犯人を時効直前に追い詰めるが、相撃ちとなり殉職。なお、Gメンにおいては7年間のTVシリーズを通して、殉職者は関屋と津坂の2名のみである。

響 圭子刑事(演=藤田美保子)
Gメン初代メンバーの一人。元は警視庁外事課の刑事で、第1話において関屋たちと合流する。沖縄編では、同じ日本人であるにもかかわらず、沖縄の状況を理解していない内地の人間として、憎しみや悲しみのはけ口とされる。また、自分にあこがれる女子高生を、正義感を教えたために殺されてしまうなど、多くの苦悩に直面する。最後は、おとり捜査の対象として選んだ女性が殺害され、責任を感じ、真犯人を追い詰めるが、すんでのところで犯人は出国。インターポールへ転属という形で、真犯人を追い詰めるために、Gメンを去る。

山田八兵衛刑事(演=藤木悠)
Gメン初代メンバーの一人。元は捜査三課出身で、主な担当はスリ、万引きなどの捜査であった。強面でハードボイルドな雰囲気を持ったGメンの中でも、人情家として描かれていた。覚醒剤取締捜査官が、自分の息子が覚醒剤に手を出してしまった事に心を痛め自殺を図ろうとするが、それを必死に止めるなど。その際、その捜査官の要望により、Gメンを去って、捜査官の右腕として働くことを決意する。

小田切憲警視(演=夏木陽介)
Gメン初代メンバーの一人。常勤ではなく、普段は警視庁に身を置き、Gメンと警視庁の架け橋として活躍する。語学堪能であり、フランスに出向した際などは流暢なフランス語で、捜査を円滑に進める。父親も警察官(村の巡査)であったが、実は過去に冤罪事件を起こしており、死んだ父に代わり、無実を証明するために奔走するなど、熱い面もある。

立花吾郎警部(演=若林豪)
第105話にて登場。初登場時は警部補。妻と息子を、逃走中の銀行強盗のギャング団にひき殺されるが、犯人は妹の夫を含む刑事達であることが発覚し、逃亡先の香港に出向するも、弟夫婦も真犯人の刑事に殺され、最後はその手で真犯人を射殺する。その事件を経て、Gメンに加入することとなる。関屋一郎警部補亡き後のGメンにおいて、存分なリーダーシップを発揮し、抜群の存在感を発揮していた。

中屋武刑事(演=伊吹剛)
速水涼子刑事(演=森マリア)
田口明夫刑事(演=千葉裕)
村井刑事(演=有希俊彦)
津川蛍子警部補(演=夏木マリ)
島谷和彦刑事(演=宮内洋)
南雲義明警視(演=川津祐介)
吹雪杏子刑事(演=中島はるみ)
草鹿刑事(演=鹿賀丈史)
マリコ・寺岡刑事(演=セーラ)
賀川陽子刑事(演=范文雀)
津村冴子警部補(演=江波杏子)
古田刑事(演=谷村昌彦)
風間刑事(演=藤川清彦)

主題歌
オープニング・テーマ
「Gメン'75のテーマ」(1~306話)
作・編曲:菊池俊輔 演奏:スーパー・オーケストラ
「Gメン'75のテーマ(新ヴァージョン)」(230、231話のみ)
作・編曲:菊池俊輔 スキャット:川島和子 コーラス:フィーリングフリー、ロイヤル・ナイツ
「アゲイン(インストゥルメンタル)」(309~最終話)
作曲:ピエール・ポルト 編曲:若草恵

エンディング・テーマ
「面 影」(1~58話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「追 想」(59~144話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「蜉蝣 かげろう」(94話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:范 文雀
「道」(145~174話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:島 かおり コーラス:こおろぎ'73
「漂 泊 さすらい」(160話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:江波杏子
「面 影(歌詞3番)」(175~204話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「レクイエム」(205~226、229話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:ささきいさお
「蜉 蝣 かげろう」(214話のみ)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:夏木マリ
「レクイエム」(230~233、235話)
作詩:佐藤純弥 作・編曲:菊池俊輔 歌:しまざき由理
「ウィング」(234、236~248話)
作詩:伊達 歩 作曲:都倉俊一 歌:夏木マリ
「遥かなる旅路」(254~306話)
作詩:竜 真知子 作曲:ミッキー吉野 歌:ポプラ
「アゲイン」(308~354話)
作詩:佐藤純弥 作曲:ピエール・ポルト 編曲:若草 恵 歌:しまざき由理

スタッフ
プロデューサー
近藤照男
原弘男(第1話~第45話)
樋口祐三(第39話~最終話)
音楽
菊池俊輔(第1話~第306話)
ピエール・ポルト(第307話~最終話)
義野裕明(第308話~最終話)
ナレーター:芥川隆行
制作
最終回以外:東映・TBS
最終回:近藤照男プロダクション・TBS(制作協力・東映)

放送局
TBSテレビ (新作)および(再放送)
JNN各局 (新作)および(再放送)
CS ファミリー劇場 (再放送)
海外(アジア圏)でも放映された(中国語圏での番組名は「猛虎特警隊」)

Gメン'82
Gメン'93春 第一級殺人の女
キャスト
黒木警視正:丹波哲郎
唐沢警部:中村雅俊
江藤香子警部補:夏木マリ
寺岡部長刑事:角野卓造
橋口刑事:哀川翔
古田刑事:名古屋章
高木彩子巡査:田中美奈子

スタッフ
プロデューサー:近藤照男 堀長文
音楽:菊池俊輔 義野裕明
ナレーター:槙大輔
制作協力:東映
制作:近藤照男プロダクション・TBS

Gメン'75スペシャル-帰って来た若獅子たち-
内容
『変装の達人!警部・鬼沢平吉のファイルE』(ミスを犯した刑事を集めた、黒木警察庁長官直属の捜査班の活躍を描く)の続編で、捜査班の名称を「Gメン」に変えて制作したもの。Gメン'75の本放送当時の雰囲気に極力近づける配慮がなされている。

キャスト
黒木警察庁長官:丹波哲郎
鬼沢平吉警部:小林稔侍
結城肇警部補:京本政樹
小森四郎刑事:春田純一
白川達也刑事:赤坂晃
高木圭子刑事:斎藤陽子
碓井猛(のちに刑事に):今井雅之

スタッフ
プロデューサー:近藤照男 堀長文
音楽:菊池俊輔 義野裕明
ナレーター:槙大輔
制作協力:東映
制作:近藤照男プロダクション・TBS

Gメン'75スペシャル2 東京-北海道トリック殺人事件
内容
前作の続編であり、Gメン'75の本放送当時の雰囲気に更に近づく内容になった。北海道ロケが行われ、当時営業休止にて閉鎖中だったザ・ウィンザーホテル洞爺が舞台となった。

キャスト
黒木警察庁長官:丹波哲郎
鬼沢平吉警部:小林稔侍
結城肇警部補:京本政樹
白川達也刑事:赤坂晃
碓井猛刑事:今井雅之
小森四郎刑事:春田純一
高木圭子刑事:斎藤陽子

スタッフ
プロデューサー:近藤照男 堀長文
音楽:菊池俊輔 義野裕明
ナレーター:槙大輔
制作協力:東映
制作:近藤照男プロダクション・TBS

関連番組
単発の関連番組として高嶋政伸主演の『五つの顔の変装刑事・右京警部補ファイルE』、小林稔侍主演の『変装の達人!警部・鬼沢平吉のファイルE』、坂口良子主演の『軽井沢夫人』がある。どちらにも警察庁長官にまで登りつめた丹波扮する黒木が出演している。

 今回、動画なしってコトで…(笑)

 当時、小学生でした。当時のワタシにはキビシー展開が多々あったよーに記憶しております…(爆)

Gメン’75~BEST SELECT BOX~


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Gメン’75 BEST SELECT BOX 女Gメン編


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ドラゴン 危機一発

2007/09/28 00:13
ドラゴン危機一発(原題:唐山大兄 英語題名:THE BIG BOSS)は1971年香港製作のブルース・リー主演作品。

解説
アメリカから香港に凱旋したブルース・リーがゴールデン・ハーベスト社と契約して主演した(日本では「ドラゴンシリーズ」と呼ばれている)一連の功夫映画の第一作目にあたる。香港では、当時の映画興行記録を更新する大ヒットとなり、続く『ドラゴン怒りの鉄拳』で、人気を不動のものにした。

日本では『燃えよドラゴン』に続いて1974年に劇場公開されている。嘉禾電影有限公司製作。

スタッフ
プロデューサー:レイモンド・チョウ
監督:ロー・ウェイ

共演
マリア・イー
ジェームズ・ティエン
ハン・インチェ
トニー・リュウ
リー・クン
ラム・チェンイン
ノラ・ミャオ(特別出演)

ストーリー
タイを舞台に、製氷工場を隠れ蓑にして麻薬を密売しているギャングの一味に、次々と従兄弟達を殺されたチェン(ブルース・リー)が怒りを爆発、ギャングのボス(ハン・インチェ)やドラ息子(トニー・リュウ)に復讐の闘いを挑む。

特記
本作品は最初ジェームズ・ティエンを主役に据えた作品で、ブルース・リーは準主役という位置づけであったが、ブルース・リーの凄まじいインパクトに彼を主役に据える方向でシナリオが書きかえられた。そのため、ジェームズ・ティエン演じる役柄は途中で殺されてしまうことになった。
監督のクレジットはロー・ウェイと表記されているが、実際には途中まで別の監督が代役を務めていた。
ヒロイン役のマリア・イーは、ゴールデン・ハーベストによって発掘された女優で将来を期待されたが、本作を含め映画に数本ほど出演した後、結婚を機に引退している。
日本題名『ドラゴン危機一発』は、『007 危機一発』を捩ったもので、ストーリーとは全く関係無い。また、日本公開時は、配給元の東和が製作したオリジナル主題歌「鋼鉄の男」を編入したオリジナルのバージョンで公開された。現在このバージョンは、東和の権利切れにともない再公開・放送・ソフト発売はされていない。また東和は「洋画は英語」という理由で英語音源で公開されている。
殆どのシーンがタイでのロケによるもので、主要キャストを除いてエキストラも殆どがタイ人だった。タイの過酷な気候の中で続いた撮影で、主役を演じたブルース・リーの体重は激減したという。また、ブルースがコップを洗っていた際、右手人差し指を十針縫う大ケガを負ってしまう。(本作の一部シーンで右人差し指に包帯を巻いているのがわかる。)
公開当時、ジェームズ・ティエンの死体氷漬けシーンなどあまりにも残酷なシーンが多かったため、後に海外公開版から一部はカットされた。また、製氷工場の乱闘シーンでは、リーが足下の氷ノコギリを拾って敵に斬りつける場面があるが、完成当時の本編には、この後で敵の脳天を真っ二つに叩き割る過激な描写があった。しかしこれは残酷描写の最たるものとして海外版からはカットされ、現在では膝元香港のソフトウェアでも確認することが出来ない、幻のシーンになっている(現在この場面はスチルのみが現存している)。
他の作品で有名になった怪鳥音・ヌンチャクが登場しない、今となっては珍しい作品。但し、1986年ころに香港で新たに製作された北京語音源では、怪鳥音のないアクション・シーンに、他のリー作品からサンプリングした怪鳥音をわざわざ被せる改変が行われており、以後の北京語音声収録のソフトウェアはほぼ全てがこのバージョンとなっている。日本における最初のビデオソフトはビクターから発売されたが、既にこの改変音源が使用されていた。正確にはこれより以前、まだビデオデッキが一般に普及する前の1970年代に、日本国内でも8ミリフィルムで本作のダイジェストフィルムが発売されていた。
Fists of Furyは本来ドラゴン怒りの鉄拳につけられるはずの題名だったが、なぜかアメリカでは本作の題名として知られている。(しかも単数形のFistではなく複数形のFistsになっている。)
初のTV放映時には、藤岡弘、がブルース・リーの日本語吹き替えを担当していた。アクション・シーンも、怪鳥音ではなく藤岡本人の叫び声である。
本作には、ブルースがドラ息子の手下の一人を殴り殺すシーンで、勢い余って相手が板壁を突き抜ける際に人型の穴が出来てしまうという、ファンの間では非常に有名な場面があり、ブルース全出演作の中でも屈指の迷場面といえる。



 ブルース・リー、ハツラツとしてたなぁ(笑)

ドラゴン危機一発


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小早川伸木の恋

2007/09/26 21:59
060108 
 北赤羽の病院での撮影でした。 前回同様、医者役です。

 突然、プロレスラーの小川直也さんが登場して、おもしろかったです。 「ハッスルポーズ」をする患者さん達を止めにかかったり、呆然と見つめちゃったり、の動きでした。

 小川さんは、吉田秀彦さんとの試合での負傷直後で「ホントの小川直也」の設定で松葉杖で登場です。
 しかしデカかったです。 

 番組を、ちょっと見ました。 唐沢さんは早くあの奥さんと別れた方がいい、なんて一人で呟きながら寮で見てました。
 
 知り合いの女の子が「唐沢さん(…て、ここではもちろん小早川さん)は間違ってない」なんて言っていたケド、ワタシらが同じコトやったら「アタマおかしいんじゃないの!?」で終わりなんだろーなぁ
、なんて想像するのです。 世界は不公平だ…。





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小早川伸木の恋 (2)


小早川伸木の恋 (3)


小早川伸木の恋 (4)


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FBI超能力捜査官

2007/09/26 21:20

 の番組を昨日観ました(笑)んで、ミクシーで以下の記事を見つけ…
 
「昨日、FBI超能力捜査官が、行方不明者や犯罪者を透視能力で探す番組をやっていたなり。もちろん犯人は見つからないし、タレントの父親探しは探偵を使ったものと思われるなり。そもそもFBIに超能力捜査官などいないし、本当にFBIなら海外で勝手に活動できるわけがないなり。おまけとして、ブラジルの予言者ジュセリーノという人が、紹介されていたなり。アメリカの9・1・1テロ事件をはじめ、長崎の伊藤市長銃殺などの日付と名前までを予言して的中させてきたそうなり。アリエネーと思ったのでググってみたら、やはり嘘八白野朗だったなり。http://blog.livedoor.jp/akgoodco1224/archives/2007-09.html

 …とゆーコトなんですが、如何ですか!?(笑)ちなみにワタシはマクモニーグルに関しては、「全肯定、全鵜飲み」というか信じちゃってます(爆)
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シャネル ブルガリ エルメス

2007/09/26 19:54
シャネル ココ EDT 50ml

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販売価格¥9,450

官能とバロックを表現した香り。情熱と官能をたたえた豊かなノート。1979年3月、カンボン通りにあるココ・シャネルのアパートメントを初めて訪ねた調香師 ジャック・ポルジュは驚愕しました。シンプルで無駄を省いた製品を愛するココの部屋に、エキゾチックな品々や異なった…

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SP 50ml

希望小売価格¥9,030 → 販売価格¥7,959

ノート/トップ:グレープフルーツ、オレンジ/ミドル:ローズ、パチョリ、ゼラニウム/ラスト:ベチバー、ペッパー、ベンゾイン …

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エルメスから2004年にリリースされたフレグランスは、その名も「不思議な水」☆まさにその名前にふさわしい、不思議な香りが漂います! フローラル系の香りを一切使わず、アンバーグリスの香りを中心にまとめた香りは、文字通り不思議といった感じを表現しています! それで…

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ロベルト デュラン

2007/09/26 19:29
ロベルト・デュラン(Roberto Duran、1951年6月16日 - )は、プロボクサー。パナマ、エンチョリーヨ出身。ニックネームは「石の拳(コブシ)」。

キャリア初期の野性味溢れるボクシングと後期の技巧派スタイルで50歳になるまで戦い続けた一方、二階級飛び越えればパンチの威力が完全に違い、三階級では挑戦自体が無謀であった世界観を平然と破った怪物ボクサー。その対戦相手は中量級の歴史における最強の王者揃いであり、観戦を渇望した観客たちにより興行やテレビの世界も変革されていった。全時代、全階級(ALL TIME P4P)最強に推す者も多く、デュランは間違いなくモハメド・アリ(カシアス・クレイ)と並ぶ世界を動かした中南米を代表するボクサーである。 2006年12月7日、アメリカ、ニューヨーク州カナストータにある「国際ボクシング名誉の殿堂博物館(IBHOF)」に名誉の殿堂入りを果たしている。

来歴
キャリア初期―ライト級王者時代
1968年プロデビュー。後のフェザー級王者エルネスト・マルセルや世界スーパーフェザー級王座を6度防衛を果たした小林弘をKOで下すなど連戦連勝。そして1972年6月、無敗のままWBA世界ライト級王者ケン・ブキャナンに挑戦する。

華麗なテクニックを誇り、王座安泰と言われていた技巧派王者を、デュランは初回からダウンを奪うなどして終始攻勢。そして13回、ボディブローでKO。ブキャナン側からローブローの抗議が上がったがデュランが新王者となった。

世界王座に就いてからのデュランは怪物的な強さを発揮する。「石の拳(こぶし)」と形容された強打で、後のWBC世界王者ガッツ石松、タフで鳴らしたレイ・ランプキン等の実力者を相手に、10連続KOを含む11度の防衛を達成。その間もノンタイトル戦も頻繁にこなし、まさに戦うチャンピオンだった。世界王座になった直後の1972年11月にノンタイトル戦でエステバン・デ・ヘススにプロ初の敗北(ダウンを奪われ10R判定負け)を喫するが、1974年の再戦(4度目の防衛戦)では11回KO勝ちでヘススに雪辱した。

1978年1月、12度目の防衛戦ではWBC世界ライト級王者となっていた宿敵エステバン・デ・ヘススとのタイトル統一戦を迎える。1勝1敗で迎えた因縁の対決だった。王者同士にふさわしいハイレベルな熱戦となったが、12回、デュランの見事な右カウンターでデ・ヘススをKO。タイトル統一を果たした。

強豪達をことごとく退けた桁外れの強さ、そしてデ・ヘススという好敵手と繰り広げた3度の激戦。 今や70年代に留まらず、ライト級史上最強はデュランとの評価が定着している。

同時期にフェザー級、ジュニア・ライト級で世界王座に君臨したアレクシス・アルゲリョや、ジュニア・ウェルター級世界王者として無敵を誇ったアントニオ・セルバンテスとの対戦は、何度も噂に上ったが実現しなかった。もしこの両者との対戦が実現していたら、ボクシングの歴史に残る試合になったと思われる。

栄光と挫折―波乱の80年代
ライト級タイトルを返上したデュランは、8試合のノンタイトル戦を挟んだ後の1980年6月、2階級上のWBC世界ウェルター級王者シュガー・レイ・レナードに挑戦する。レナードのスピードが勝ると予想されていたが、デュランは天性のボクシングセンスを発揮。2回に右クロスを決めてレナードをぐらつかせ、その後もロープに詰めて接近戦を挑む。レナードの速いパンチにも機敏に反応し15回を戦いきった。そして2-1の僅差ながら予想外の判定勝ちを収め、見事2階級制覇を達成する。

しかし、5ヵ月後の再戦では徹底的なヒット・アンド・アウェイ戦法を取るレナードにフラストレーションが溜まり、8回に突然の試合放棄。このとき放った言葉と共に「ノー・マス(もうたくさんだ)」事件として有名になる。また、この試合をきっかけにデュランのボクシング人生は波乱を迎えた。

1982年1月、ウィルフレド・ベニテスのWBC世界スーパーウェルター級タイトルに挑むも判定負け。ノンタイトル戦でも、格下と見られていたカークランド・ラインにも判定で敗れ、完全に下り坂となった。

1983年6月、デビー・ムーアの持つWBA世界スーパーウェルター級タイトルに挑んだ時もデュラン不利と見られていた。しかし、デュランは初回から試合のペースを握る。ムーアのパンチを外し、ボディを執拗に攻めた。7回、疲れの見えるムーアに見事な右クロスを決めてダウンを奪うと、続く8回、容赦ない追撃を加えた。そしてタオル投入。劇的なTKO勝ちで史上7人目の3階級制覇を果たすと共に、完全復活をアピールした。

勢いに乗るデュランは同年11月、3団体統一世界ミドル級王者マービン・ハグラーに挑む。それまでの防衛戦を全てKOで飾り、無人の野を走っていたハグラーだけに無謀な挑戦と思われたが、右を好打するなど互角の戦いを演じる。しかし、14回以降スタミナをロス。ハグラーの的確なパンチを浴び、判定にもつれ込んだものの0-3で敗北した。

1984年6月にはWBC世界スーパーウェルター級王者トーマス・ハーンズと対戦。しかし、ハーンズの長いリーチとスピード、パワーで圧倒される。デュランは初回にいきなり2度のダウンを奪われ、続く2回、強烈な右クロスをもらい失神KO負けを喫した。その余りにも豪快な倒されっぷりに人々はこの試合を後に「ラスベガス恐怖の一撃」と名づけた。

無冠となったデュランだがその後も戦い続け、1989年2月、WBC世界ミドル級王者アイラン・バークレーに挑む。バークレーは、トーマス・ハーンズを番狂わせの3回TKOでタイトル獲得したタフなファイター。対するデュランは38歳となっていた。しかし、自分より若くパワーのあるバークレーのパンチを天性の防御勘で外しきり、11回には見事なワンツーでダウンを奪う。判定は割れたが、2人のジャッジがデュランの勝ちを支持。若い頃とは一味違う技巧派の面を発揮し、4階級目のタイトルを獲得した。

余談だが、デュランはライト級王者になる前はスーパーフェザー級で世界1位にランキングされていた。また、ライト級王者になってからのノンタイトル戦では、一階級上のスーパーライト級世界ランカーとも頻繁にグローブを交え、負けることは無かった。計画的に事を進めていれば、6階級制覇も可能だったかもしれない。

キャリア後期
バークレー戦を最後にデュランは世界タイトルとは無縁となった。1989年12月、シュガー・レイ・レナードとの3度目の対戦(WBC世界スーパーミドル級タイトルマッチ)では判定負け。 しかし、その後もヘクター・カマチョ(二度戦ってともに判定負け)やビニー・パジェンサ(二度戦ってともに判定負け)といった元世界王者、中堅どころの選手と戦い続けた。1998年8月には47歳にしてウィリアム・ジョッピーの持つWBA世界ミドル級タイトルに挑戦する。しかし、棄権による3回TKO負けを喫した。その後も戦い続けたデュランだったが、交通事故で重傷を負い、50歳を超えて遂に引退した。最後の試合は2001年7月14日のヘクター・カマチョ戦(12R判定負け)だった。

日本での異種格闘技戦
1992年4月19日には東京体育館での藤原組の旗揚げ一周年記念興行で船木誠勝と異種格闘技戦を行った。この時のデュラン(41歳)は明らかに太りすぎで、その身体を隠すためか、Tシャツを着たまま試合を始めて観客から失笑を買ってしまった。デュランも3ラウンドからはTシャツを脱いで戦ったが、この回に船木に捕まり、腕固めで敗れた。2ラウンドにはボディ・ブローで船木からダウンを奪っている。

デュランは試合後の記者会見で 「やっぱり、一年間練習をしないで、3週間で仕上げたのには無理があったね」 と自ら準備不足を告白し、Tシャツで戦ったことについては 「練習ではいつも着ているし、習慣になっているからね。掴まれたときにシャツを着ていたほうがいいと思ったが、暑かった」 と語った。

略歴
1968年 プロデビュー。
1971年 10月、パナマでのノンタイトル戦で元世界王者、小林弘に7回KO勝ち。(小林はこの試合を最後に引退)
1972年 ケン・ブキャナンを13回KOに下し、WBA世界ライト級タイトル獲得。(29戦全勝)
1972年 エステバン・デ・ヘススとのノンタイトル戦で10回判定負け。32戦目で初黒星。
1973年 9月、パナマでガッツ石松に10回TKO勝利。3度目の防衛に成功。
1974年 3月、初黒星を喫したエステバン・デ・ヘススとの4度目の防衛戦では、11回KO勝ちで雪辱を果たす。
1974年 12月、パナマで日本ライト級王者、高山将孝を1回KOで下し、5度目の防衛に成功。
1978年 WBC王者、エステバン・デ・ヘススを12回TKOに下し、ライト級タイトル統一。WBAは12度目の防衛。
1980年 シュガー・レイ・レナードを15回判定で下し、WBC世界ウェルター級タイトル獲得。(2階級制覇)
       しかし、5ヵ月後の再戦で試合放棄による8回TKO負け。

1983年 6月、デビー・ムーアを8回TKOに下し、WBA世界スーパーウェルター級タイトル獲得。(3階級制覇)
1983年 11月、マービン・ハグラーの持つ3団体統一世界ミドル級タイトルに挑むも15回判定負け。
1984年 WBC世界スーパーウェルター級王者トーマス・ハーンズに挑むも一方的な内容で2回TKO負け。
1989年 2月、アイラン・バークレーを12回判定で下し、WBC世界ミドル級タイトル獲得。(4階級制覇)
1989年 12月、WBC世界スーパーウェルター級王者、シュガー・レイ・レナードに挑戦し、12回判定負け。
1992年 日本・東京体育館で船木誠勝と異種格闘技戦。
1997年 元WBA世界ミドル級王者、ホルヘ・カストロと2度戦い1勝1敗。
1998年 47歳でWBA世界ミドル級王者、ウィリアム・ジョッピーに挑戦するが3回TKO負け。
2001年 ヘクター・カマチョに12回判定負け。これが最後の試合となる。
2006年 アメリカ、ニューヨーク州カナストータにある「国際ボクシング名誉の殿堂博物館(IBHOF)」に名誉の殿堂入り。
2007年 6月、「国際ボクシング名誉の殿堂博物館(IBHOF)」のセレモニーに、同じく殿堂入りが決まったリカルド・ロペス、パーネル・ウィテカー、ホセ・スライマンWBC会長らと共に出席した。
戦績 120戦104勝69KO16敗



 やっぱり強い人には「生まれ持った何か」かあるよなぁ…

ザ・ベスト・オブ・デュラン


ロベルト・デュランVSエステバ


ロベルト・デュランvsアイラン・バークレ


伝説のノックアウトVol.1~衝撃のKO


伝説のノックアウトVol.2~驚異の王座

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前田対船木

2007/09/26 18:40


 この頃の船木が好きです(笑)

PANCRASE THE BEST Vol.1


PANCRASE THE BEST Vol.2


シャドー・フューリー


船木誠勝 我が人生に悔いなし


五条霊戦記//GOJOE


拳 -アルティメット・ファイター-


ハイブリッド肉体改造法 マッスル編


ハイブリッド肉体改造法 ダイエット編


コロシアム2000 船木誠勝VSヒクソン・グレイシー


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ブラック・ジャック

2007/09/26 00:21
概要
主人公は、黒いマント姿にツギハギの顔の天才無免許医師ブラック・ジャック。法外な料金を代償に、様々な怪我や難病を治療してゆく人間ドラマである。

本作は20ページ前後の一話完結型作品で、主人公のBJにまつわる話のほか、当時の医療現場の問題点、主人公の周囲の様々な人物の悲喜劇も描かれる。そのためBJは常に主役ではなく、狂言回しや端役となる事もある。

劇画を手塚流に消化し[1]、高い物語性が評価され、ロングセラーとなった。また、BJや、そのパートナー畸形嚢腫(きけいのうしゅ)から生まれたピノコ、対立するドクター・キリコなどの魅力的なキャラクター造形も支持を受け、様々な映像化や舞台化がおこなわれている。

本作には、医学的リアリティと大胆なフィクションが並存しているが、これは医学的事実よりも物語性を優先した、手塚の作劇術の一環である。異星人や幽霊、感情を持つコンピュータを手術するなどという無茶な設定の話も存在する。架空の病気も登場したほか、BJやピノコの医学的設定も現代の医療技術をも超越している(別作品『ミッドナイト』では、人間の脳交換手術についてBJ本人に「その様な事は漫画だから可能だ」と言わせている)。

逸話
医療漫画の元祖として著名な作品であるが、連載当初は主人公の容姿や手術シーンに人間の血や内臓などが描かれる事から、当時流行であった恐怖マンガ的作品として扱われ、秋田書店の少年チャンピオンコミックスでは「恐怖コミックス」に分類されていた。事実、初期の作品中には恐怖感を煽るようなシーンや演出が散見される。後に、チャンピオンコミックスの9巻から25巻の分類は『ヒューマンコミックス』に改められた。

かつては少年マンガでトップクラスの人気を誇った手塚も、1960年代の終盤になると手塚は少年マンガの分野では既に過去の漫画家と見なされており、大人マンガを描いたり、青年誌に進出するなど自らの方向性を模索していた。経営していた虫プロダクションの倒産もあり、少年マンガでのヒット作を生み出せず、手塚治虫はこの時期、最大の危機を迎えた状態だった[2]どこの雑誌社も使おうとしなかったとも言われる[3]。当時の週刊少年チャンピオン編集長の壁村耐三が手塚の花道を飾ろうと、自誌に数回分[4]の連載枠を用意したのが連載開始のきっかけと言われる[5][6]。ただしこの通説に対して、当の壁村耐三は自分から持ちかけたのではなく、手塚自らが「これが最後」と持ち込んだ企画だったと証言している[7]。引退作品になる予定だったため、漫画家生活30周年記念作品として宣伝された[8]。読みきり形式にしたのは手塚治虫に限らず、当時の週刊少年チャンピオンの編集方針であった[9]が、読み切りでないと手塚が流す回をやるためそれを防ぐためという話もあった[10]。連載開始が開始されると読者の反響も良く、3週目で連載の続行が決定[11]、その後も安定した人気を獲得し結果として長期連載となった。そのため、設定などに無理な部分が多いと指摘する声もある[要出典]。 少年マガジンで連載した『三つ目がとおる』とともに手塚治虫の少年マンガにおける1970年代の最大のヒット作であり、少年マンガにおける手塚の最後のヒット作になった[12]。本作のヒットによる復活がなければ、手塚治虫は国民的なマンガ家にならなかっただろうとも言わている[13]

漫画家生活の締めくくりの意味で、過去の作品群の登場人物が随所に登場する手塚が従来より取っていたスターシステムの集大成となっており、『鉄腕アトム』のアトム、『リボンの騎士』のサファイヤ、『ふしぎなメルモ』のメルモなど、他の手塚漫画の主役が本作では毎回のように患者やゲストキャラクターとして登場した。特にヒゲオヤジは列車のスリ、車掌など出演が多い。手塚治虫自身もBJの友人である医者や、架空の慢性シメキリ病により入院した本人そのままの漫画家として登場した事がある。テレビアニメでは『三つ目がとおる』の写楽や和登もレギュラー出演した(写楽は原作にもゲスト出演あり)。

当時の『ドカベン』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』といった超ヒット作には及ばなかったものの、10年間にわたり安定して柱となり、週刊少年チャンピオンの黄金時代を支えた[14]。連載終了後も読み切りが少年チャンピオン誌上で散発的に14本発表された。

作者の息子である手塚眞によると、誰にも立入りを許さなかった手塚の仕事部屋に担当編集者が無断で入ったことが原因で、怒った手塚が連載の終了を宣言したという[15]。これとは別の理由として、ロボトミーの描写に関する抗議事件の後、医学的な整合性について指摘を受けて描きづらくなったことを生前の手塚が書き残している[16]

単行本は秋田書店の少年チャンピオンコミックスにまとめられたが初で、その後も愛蔵版や手塚治虫漫画全集にも収められ、文庫版はミリオンセラーを達成し[17]、1994年から始まった1990年代のマンガ文庫のブームの火付け役になった[18][19] 単行本は新書版・文庫版・ハードカバー等を含めた発行部数が日本国内で4564万部[20]、全世界で1億7600万部に達している[21]。

アメリカでは1995年からVIZ社が発行した月刊マンガ誌『MANGA VISION』に連載された[22]

医学描写
手塚は漫画執筆のため、医療関係者に治療方法について取材した事もあったが、劇中で治療困難な症例として扱われているものが、実際には連載当時の医療技術でも治療可能な症例であるという指摘や[要出典]、医学用語のミスが指摘されている[23]。中でもロボトミーに関する描写では糾弾を受け、新聞に謝罪文を掲載、連載中止の話まで出た[24]

手塚は医師免許を持ってはいたが、医学的知識は昭和20年代(1945年から1954年)にとどまっており、外科医としての臨床経験がほとんどなかった[25]。十分な検証をしない手塚の執筆態度を疑問視する声もあった[要出典]。しかし中には当時には問題視されていたものの後に再評価された手術方法が後書かれている話もある[26]。

年表
1973年11月:週刊少年チャンピオン11月19日号にて連載開始。
1975年5月12日:『ブラック・ジャック』で第4回日本漫画家協会賞特別優秀賞受賞。
1977年7月22日:『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』で第1回講談社漫画賞受賞。
1978年9月:9月18日号にて連載終了。(以後、単発で掲載)
1993年7月20日:秋田書店より秋田文庫『BLACK JACK』(1〜12巻)が刊行される。
1993年:OVA『ブラック・ジャック』が2000年まで発売される。
1996年11月30日:アニメ映画『BLACKJACK(ブラックジャック劇場版)』が全国松竹系で公開。
1996年:Vシネマ『ブラック・ジャック』が三巻まで発売される。
2000年3月31日:スペシャルドラマ『ブラック・ジャック』TBS系にて放映。
2000年8月26日:スペシャルドラマ『ブラック・ジャックII』TBS系にて放映。
2000年9月29日:スペシャルドラマ『ブラック・ジャックIII』TBS系にて放映。
2003年12月22日:テレビスペシャルアニメ『ブラック・ジャック2時間スペシャル』よみうりテレビ・日本テレビ系にて放映。
2004年10月11日:テレビアニメ『ブラック・ジャック』よみうりテレビ・日本テレビ系にて放映開始
2005年12月17日:アニメ映画『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』が全国東宝系で公開。
2006年4月10日:テレビアニメブラック・ジャック』の続編『ブラック・ジャック21』よみうりテレビ・日本テレビ系にて放映開始(同年9月に終了)。
2006年11月9日:『ブラック・ジャック』のゲーム版『ブラック・ジャック 火の鳥編』がニンテンドーDS対応ゲームソフトとしてSEGAから発売。

主な登場人物
詳細はブラック・ジャックの登場人物を参照

本作の謎
BJが無免許である理由
劇中では明確に示されていない。

執筆の背景には、少年チャンピオン編集部から劇画っぽさを要求された手塚が、黒マントや初期のニヒルな性格、残酷描写など劇画の影響を受けたキャラクター造形にしたことが指摘されている。かつての貸本劇画には黒マントをまとった殺し屋が定番であった。BJをアウトローになった理由は劇画を取り込んだからだというのである[27]

しかし、長期連載になるにしたがい、無免許であることに理由が必要となり、以下の様な理由がつけくわえられた。

肩書きやルールに価値を見出さない
作中には「私はノーベル賞をとった人間なんかに興味はないんでね」「私は肩書きというものが苦手でね」「こんな立派な病院では、モグリの医者が作った資料なんか役に立ちませんよ」といった台詞が散見される。
医師免許をとり医師連盟に加盟すると、決められた料金しか請求できなくなる
現実にはこのようなことはない。保険診療ならば規定された料金しか請求できないが、自由診療(保険外診療、例、美容整形)のみ(日本では混合診療を禁じている)で医療を行うならば、理論的には自由に治療費を設定することも可能である。ただ本作では自由診療など現実の医療制度の説明は省かれており、ストーリーを明快にするために、あえてこの様に設定した可能性も否定できない。
BJがあちこちで患者を脅迫して、世界医師会連盟に苦情が殺到しているため
『獅子面病』では、「BJがあちこちで患者を脅迫して、世界医師会連盟に苦情が殺到しているので、医師免許を与えることは出来ない」と説明されているが、『報復』では日本医師会連盟会長自らが自身の息子の手術の依頼をするため、BJに免許状を手渡している(実際に医師免許を発行するのは厚生大臣)。ただし、その直後、BJは渡された免許状を破り捨てているため、BJはその後も無免許のままであった。
医師免許取得のための面接に出席できなかった
『ピノコ還る』で、特別に医師免許を交付される事になったが、失踪したピノコの捜索を優先したため、話は流れてしまった。BJは大変落胆しており、本心では正規の医師に憧れていたことがうかがえる。

作中に明確な描写がないもの(ファンの推測)
BJが昭和40年代初頭に起きていた医学生による学生運動(連載当時は国家試験の前に一年間のインターンを経験することになっていたが、学生運動の一環としてインターン終了後の国家試験受験拒否運動が起きていた)に関わっていたため、国家試験を受験しないまま無免許医師になった可能性がある(実際にこの時に試験を拒否、無免許医師のまま開業医になっていた人物が逮捕される事件が1979年に起きている)。[要出典]
医大時代、子宮ガンに侵された後輩の如月めぐみを、まだ医大生の身でありながら教授らの反対を押し切って単独で治療に当たり、あまつさえ摘出手術さえ行っている。これが医師法違反に当たるとして、問題になって免許を所得出来なかった可能性がある(その後医大に在籍し続けられたのかどうかも不明である)。[要出典]

高額の手術料金
高額の手術料金を要求するのは、無免許であることと併せて、作品を面白くする為の設定と思われる。BJと言う名前から連想されるとおり、異端児であるが独自の倫理観を持つという主人公の二面性をこの2点で表現しているといえる。

義賊の如く「金持ちには高額な治療費を突きつけるが貧しい人には治療費をとらない」といったことはなく、貧しい人が依頼者であっても容赦なく高額な治療費を突きつける。BJが要求する手術料は、相手の支払い能力の限界を呈示することが多く、その額は数百万円から百億円以上にまで及び、ほとんどの場合元患者(金持ちの場合が多い)は債務を背負いこむ事になる(無論、支払いを拒む者もいる)。

しかし一方で「●月×日までに」といった支払期限を設けることは殆どない(特に依頼者が貧乏な場合)。その理由は作中に語られることはないが、恐らく患者の治療への意思の強さを試すためとみられている[28]。また、依頼者が「一生かかってでも」全部支払おうと努力する姿に、かつて瀕死の重傷から過酷なリハビリをして復帰を目指していた当時の自分を重ね、普段は隠されている人間の精神的な強さ(底力)を信じたい気持ちが表れているともいえる。

また、稀ではあるが治療費がタダ同然となる事もある。「シャチの詩」の巻では診療所を設けて最初にBJのもとへやってきた患者(シャチのトリトン)に対して「特別サービスで治療費はまけてやるぜ」と言っている(しかしトリトンは数日後、海から真珠をくわえてきて治療費代わりにBJに渡している)。

受け取った金の使い道
治療費の使い道に関しては「無免許医は医療器具を正規ルートで買えないので必要経費が高くつくのではないか」との説がある[29]。作中でBJは自分のメスを名高い刀匠に作ってもらっており、数千万円の報酬を渡している。さらに、ガラス製のメスや緊急手術の為の閉鎖型透明テント(絶縁体製で「ビニールケース」と呼ばれている)、オリジナルの人工心臓など特殊な器具も多数所有している。 作中で判明している物では、以下が挙げられる。

母親がらみ(過去の事故の復讐)
自然保護(島嶼の買い取り・島は自分の観護をしてくれた人の墓になってる)
本間丈太郎がらみ(本間血腫を治すための人工心臓の開発)
自分に親切にした人への恩(無実の罪で捕まったときに助けてもらった人を数十億使って治した)
老人ホームの維持(ダイアモンドの話でそれを寄付しないかと言う描写がある)

出版物
当時の少年チャンピオンの一話完結作品は、出版物ごとに或る話が抜けたり順番が変えられたりしていた(『マカロニほうれん荘』など)。また差別用語などの問題で、セリフが書き換えられていることもある(特に『恐怖菌(雑誌掲載時『死に神の化身』)」は、話の内容そのものがほぼ完全に変えられている。元々手塚漫画は書き換えが多い)。

少年チャンピオンコミックス
ブラック・ジャック(1974-95年、全25巻、秋田書店)
新装版ブラック・ジャック(2004-05年、全17巻、秋田書店)※文庫版の内容を掲載順に再構成。そのため、収録内容が一部変更されている。
内容・表現などの理由で『指』『植物人間』『快楽の座』『壁』『落下物』はこれらの単行本には未収録となっている。
『落下物』はコンビニで発売された「ブラック・ジャック 医師の使命編」に収録。
『壁』は2005年に「ヤングチャンピオン増刊ブラックジャックスペシャル」に、単行本未収録作品という本書の目玉ということで袋とじ掲載された。現在は在庫なしで購入できないが、2006年末に発売された秋田トップコミックス「死にゆくものへの祈り編」に、単行本として初収録された。
『指』は『刻印』として改作された。
『植物人間』は少年チャンピオンコミックスの初期版(1977年頃までの版)には収録されていたが、後の単行本では『からだが石に…』に差し替えられた。『植物人間』や『快楽の座』などは、精神外科手術を取り扱っていたことから(ただし前者は正確には脳外科手術)精神科医や精神外科手術反対の市民団体からのクレームがあったためと見られる。

その後の再版
ブラック・ジャック(1977-96年、全22巻、講談社、手塚治虫漫画全集)
ブラック・ジャック(1987-2004年、全17巻+オールカラー版1巻、秋田書店、愛蔵版)
Black Jack(1993-2003年、全17巻、秋田書店、文庫版)※文庫版コミックス出版の火付け役とされる。構成は愛蔵版と同一(オールカラー版のみ未発売)だが、途中から文庫版が先に発売されるようになった。
DX版ブラック・ジャック(2003-05年、全22巻、講談社、手塚治虫漫画全集)
DX版、新装版、文庫版では『血が止まらない』『しずむ女』『二人のジャン』『水頭症』『最後に残る者』『壁』『魔女裁判』がいずれも未収録となっている(但し『二人のジャン』はDX版に収録)。これらは新書版の秋田書店少年チャンピオンコミックス版では3・4・6・13・17巻に収められているが、初出後の社会的見地の変化から、今後の収録は難しいと思われる。現在までに改作なども含め、全ての刊行物で未収録のものは『快楽の座』のみで、他の話はいずれかの単行本やコンビニコミックで購入可能といえる。
『二人のジャン』のみはDX版に収録されていることもあってか、手塚治虫オンデマンドマガジンのサービスにおいても、自身でエピソードを選んで収録することが可能となっている。それ以外の作品については「なかったこと」とされているのか、掲載があった事実すら確認できなくなっている。
『血が止まらない』はドラマ化されたが、血友病に対する差別的表現があったのを指摘されて、お蔵入りされたと思われる。その問題があったためか、この作品は「ほとんどの未収録作品」(「ブラックジャック病」後編)と共にアニメ化されなかった(ただし『しずむ女』はOVA化された)。

リメイク漫画
2004年10月のテレビアニメシリーズ放映開始に合わせ、秋田書店の各漫画雑誌にて、各漫画家による『ブラック・ジャック』 のリメイク作品が読み切り(『週刊少年チャンピオン』のみ月一連載)で掲載されている。以下、リメイク作品と執筆した漫画家を挙げる 。

『ブラック・ジャック 〜黒い医師〜』(山本賢治、週刊少年チャンピオンにて連載、少年チャンピオンコミックス全3巻 )
『ブラック・ジャック ALIVE』(青池保子、立原あゆみ、田口雅之、たがみよしひさ、吉富昭仁、高倉あつこ、芹沢直樹、井荻寿一、葉月京、北見けんいち、近藤佳文、乾良彦、きくち正太、高口里純、やまだないと(以上ヤングチャンピオンにて掲載)、永井豪 (ヤングチャンピオン増刊号にて掲載))
『ブラック・ジャック』(吉富昭仁、チャンピオンREDに掲載)
ミステリー作品『ブラック・ジャックM』(鳥羽笙子、秋乃茉莉、吉川うたた、風祭壮太、大舞キリコ、宗美智子、大橋薫、金子玲美+月嶋つぐ美、佐藤千江子、御茶漬海苔、千之ナイフ、以上月刊サスペリアミステリーにて掲載)
『ブラック・ジャック NEO』(田口雅之、ヤングチャンピオンに掲載、コミックス全2巻)

ブラック・ジャック/平安遷都
京都の駅ビルの中にある手塚治虫ワールド内のみで上映。

原作ストーリーからは『おばあちゃん』を採用。京都にまつわる歴史的なエピソードを紹介するアニメーションとの二本立てという形で 上映され、その二本を火の鳥がストーリー・テラーとなってつないで行く、という構成。

作画監督、演出、共に西田正義監督。プロデューサーもOVAと同じ。音楽はOVA版KARTE6と劇場版より参加した川村栄二で、OVA版のサントラを使用。

上映後は『平安遷都(へいあんせんと)』という京都の歴史を紹介したアニメが流れる。

キャスト
ブラック・ジャック:大塚明夫
ピノコ:水谷優子
義裕:鈴木琢磨
律子:渡辺美佐
ヨシコ:京田尚子
甚大夫人:亀井芳子

インターネットアニメ
『ブラック・ジャック』
ピノコ役を宇多田ヒカルが演じたことで有名なブロードバンド用のアニメ。有料。全12話。
BJ役はOVA・テレビアニメ版と同じく大塚明夫。
アニメーションの製作とネット配信はコンテンツジャパン社が担当した。
現在は配信を終了している。

その他のアニメ
アメリカでもAZN TVで放送されている。しかしBJ21とは違うバージョンで、こちらは約45分。絵も内容やストーリーもすべて大人向きになっている。

ラジオドラマ
『ブラック・ジャック』
ラジオ劇画傑作シリーズの一作品として、昭和52年(1977年)10月31日から11月25日まで、全20話をTBSラジオで放送。
BJ役は岸田森。ピノコ役は松島みのり。
台詞以外のナレーション、効果音等は「ブラックジャックギャング団」という子供達の団体が担当。
『ブラック・ジャック』
1993年10月4日から1994年4月1日まで全130話をTBSラジオの番組「若山弦蔵の東京ダイヤル954」の1コーナー「手塚治虫ワンダーランド」で放送。その後、新潮社の「新潮カセットブック」のレーベルで全3巻のカセットテープに収録されて発売された。
BJ役は時任三郎。ピノコ役は山田妙子(川田妙子)。

朗読劇
『ブラック・ジャック おばあちゃん』
1999年5月13日放送「ダウンタウンDX」の一コーナー「泣きメンタリー三分間劇場」で『おばあちゃん』が取り上げられる。
紙芝居のように漫画を映し、その日のゲストが声を吹き込んだ。
BJは高橋英樹、おばあちゃんは小林幸子、息子は関根勤がそれぞれ声をあてた。

その他
また台湾と香港でもアメリカとは違い、アニメ版だけではなくテレビドラマ版(本木版)も放送された。

影響・受容史
医療漫画という新ジャンルを開拓し、アウトローの天才的プロフェッショナルを主人公とする一話完結の職業漫画のスタイルを確立した[30]。手塚自身も『七色いんこ』(演劇界)という類似スタイルの作品を発表している。代表的な作品を以下に挙げる。
『ザ・シェフ』(調理人)[31]
『スーパードクターK』『K2』『Dr.汞』(医者)
『IWAMAL 』『けだものドクター毒島』(獣医)
『コミックマスターJ』(漫画アシスタント)
『ギャラリーフェイク』『ゼロ THE MAN OF THE CREATION』(美術界)
医療漫画というジャンルの代表作とされ、強い影響下にある漫画も多い。また、現実に愛読者が医師を志した例も数多いという。
漫画『ブラックジャックによろしく』(2002年-)でタイトルに使われる(BJは内容には直接関係しない)、実在する優秀な外科医にブラックジャックの愛称が用いられるなど、近年では作品の知名度の高さからBJのキャラクター自体が一人歩きし、神業の天才外科医の代名詞となっている。
1998年、ドクター・キリコを称した男が自殺志願者にネット上で青酸カリを密売した通称「ドクターキリコ事件」が発生、社会問題となった。
2003年、一読者が過去未発表の話を集めて自作した、架空の少年チャンピオンコミックス版26巻をネットオークションに出品して摘発され有罪判決を受けた[32]。

出典・脚注
^ 夏目房之介「手塚治虫の自己批判時代」『マンガの力 成熟する戦後マンガ』晶文社、1999年、p191
^ 夏目房之介「手塚マンガはやっぱり、すごい」『マンガの力 成熟する戦後マンガ』晶文社、1999年、p177-p179
^ 当時の手塚治虫の連載は小学館『ビッグコミック』での『ばるぼら』と潮出版社の『希望の友』での『ブッダ』の2作品。
^ 当初の予定回数については諸説ある。週刊少年チャンピオン編集長の壁村耐三は反応がなければ3回で辞める約束だったとしている(『別冊宝島288 70年代マンガ大百科 こんな名作・快作・珍作があったのか!』)。同誌に連載していた漫画家の石井いさみは10回だったと語り(『名作マンガの知られざる制作現場「ダメ!」と言われてメガヒット』)、評論家の呉智英は5回としている(『朝日ジャーナル臨時増刊 手塚治虫の世界』)
^ 安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p196-p198
^ 宇都宮滋一『名作マンガの知られざる制作現場「ダメ!」と言われてメガヒット』東邦出版、2004年、p92-p93
^ 「週刊少年チャンピオン突然の黄金期! 元編集長壁村耐三氏インタビュー」『別冊宝島288 70年代マンガ大百科 こんな名作・快作・珍作があったのか!』宝島社、1996年、p125-p126
^ 実際には1946年デビューで28年目にあたる。
^ 「週刊少年チャンピオン突然の黄金期! 元編集長壁村耐三氏インタビュー」『別冊宝島288 70年代マンガ大百科 こんな名作・快作・珍作があったのか!』宝島社、1996年、p1246
^ 武居俊樹『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』文藝春秋社、2005年、p223-p224
^ 大下英治『手塚治虫 ロマン大宇宙 下』潮出版社、1995年、p160
^ 呉智英「『ブラック・ジャック』科学もヒューマニズムも信じない神の眼差し」『朝日ジャーナル臨時増刊 手塚治虫の世界』朝日新聞社、1989年
^ 夏目房之介「不死鳥のごとく復活した手塚治虫ー」『別冊宝島288 70年代マンガ大百科 こんな名作・快作・珍作があったのか!』宝島社、1996年、p74-p76
^ 西村繁男『まんが編集術』白夜書房、1999年、p346-347
^ 手塚眞『天才の息子 ベレー帽をとった手塚治虫』ソニー・マガジンズ、2003年、p136
^ 『手塚治虫ファンクラブ会報』1号、1979年7月(安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p207-p208)
^ 藤原邦夫『出版幻想論』太田出版、1994年、p169
^ 竹内オサム『戦後マンガ50年史』筑摩書房、1995年、p173
^ 安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p199-p200
^ 2007年8月現在。『毎日新聞』2007年8月20日夕刊
^ 2000年度末時点。全協・出版科学研究所「出版月報」
^ 『萌えるアメリカ 米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』日経BP社、2006年、p132
^ 安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p165-p166
^ 安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p176-p182
^ 手塚眞『天才の息子 ベレー帽をとった手塚治虫』ソニー・マガジンズ、2003年、p218
^ 安藤健二『封印作品の謎』太田出版、2004年、p174-p175
^ 夏目房之介「変人ブラックジャックの解剖」『笑う長嶋』太田出版、1998年、p82-p85
^ 筒井康隆「ブラックジャック1~7」『みだれ撃ち涜書ノート』集英社集英社文庫、1982年、p48-p50
^ 『別冊宝島794 ブラック・ジャック完全読本』宝島社、2003年
^ ただし本作の構想には『ゴルゴ13』との構造の類似が指摘されている( 呉智英「『ブラック・ジャック』科学もヒューマニズムも信じない神の眼差し」『朝日ジャーナル臨時増刊 手塚治虫の世界』朝日新聞社、1989年)
^ 呉智英「『ブラック・ジャック』科学もヒューマニズムも信じない神の眼差し」『朝日ジャーナル臨時増刊 手塚治虫の世界』朝日新聞社、1989年
^ 『朝日新聞』2003年6月26日号



 泣ける話多いよなぁ…

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天海祐希

2007/09/25 23:47
天海 祐希(あまみ ゆうき、1967年8月8日 - )は、日本の女優。本名、中野祐里(なかのゆり)。 東京都台東区上野出身。宝塚歌劇団の元月組男役トップスター。

血液型O型。身長173.6cm。研音所属。スリーサイズB83・W58・H88。

来歴・人物
宝塚ファンの担任の影響で宝塚歌劇を志望、受験準備のため大滝愛子のスタジオに通っていた。
菊華高等学校(現・杉並学院高等学校)2年修了後の1985年、宝塚音楽学校に首席で入学。入学試験の際、植田紳爾は第一印象の華やかさに「お母さん、よくぞ産んでくださった」と驚いた。
なお宝塚音楽学校入学は首席だったが卒業は18番だった。
1987年、宝塚歌劇団に入団、『サマルカンドの赤いばら』で初舞台。同期に歌手の姿月あさと・女優の絵麻緒ゆう・匠ひびき、声優の葛城七穂、現芦屋市議会議員・中島かおり(在団中の芸名苑ななみ)などがいる。
尚『サマルカンド〜』新人公演ではバルフ王子(本役:鮎ゆうき、当時雪組新進の男役だった)役に配され初舞台生の新人公演配役としては異例の目立つポジションの役どころをもらった。
同年組配属前の月組バウホール公演『青春の旋風〜リトル・ヒーロー三四郎』で早くも準主役のひとりブーン役に抜擢され、年末公演の『ミー・アンド・マイガール』で研一にして新人公演に初主演。その後月組に配属さる。
1989年、歌劇団ニューヨーク公演(メイン・大浦みずき,他に紫苑ゆうらが出演)メンバーに選出され熱演。
1991年には4期上の久世星佳・若央りさや1期上の真織由季・大海ひろらを飛び越し月組2番手男役スターとなる。
1993年に史上最短の7年(正式には6年半)で月組男役トップに就任。
1995年12月、『ミー・アンド・マイガール』で退団。相手役の麻乃佳世と同時退団だった。
退団決定後に幾多かの芸能事務所から勧誘があったが、天海の親友が当時在籍していたフライングボックスに所属。
『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』で共演した唐沢寿明に誘われ、2003年1月1日付けで現在の所属事務所である研音へ移籍。近年ではテレビドラマでの活躍が目立ち、フジテレビ、日本テレビでの出演が特に多い。

宝塚時代のスター像
才能が早くから開花した「天性の男役」。立ち姿に華のある大型男役として活躍し、歌劇団屈指の観客動員力、男性・特に宝塚ファンでない層からも絶大な支持を誇っていた。それだけに、退団時には歌劇団サイドからも非常に惜しまれた。

エピソード
菊華高校への進学については「中学校まで自宅至近の学校に通っていたので"電車通学"に憧憬していた(菊華高校は所在地が阿佐谷である)ことと、本来中卒で受験を希望していたが、家族から”高校の学校行事を一通り、とくに修学旅行に参加してから(菊華高は当時2年時半ばで修学旅行を実施)にしてくれといわれた。」旨在団中のインタビューで談話。
趣味はニュース番組を見ること。
好きなアーティストはCHAGE and ASKA、ゴスペラーズ。
2006年に「理想の上司」にランクイン。
2007年に産業能率大学が行った「新入社員から見た女性上司の理想像」のベスト5にランクイン。
南野陽子とプライベートで仲が良い。
KIRIN「お酒と生活文化研究所」の「会社(職場)の人とのお酒の飲み方に関する意識調査」で、「一緒にお酒を飲みたい女性上司」のベスト10に2006年・2007年の2年連続で選ばれた。
NHKのトーク番組に出演した際、「私を支えた3人の男」として作家の浅田次郎、俳優の竹中直人、NHKアナウンサーの畠山智之を挙げている。
北海道日本ハムファイターズのファンで、田中幸雄、新庄剛志ら複数の選手と親交がある。特に新庄に関しては容姿が似ているといわれている。本人もそのことにふれるとかなり意識しているようである。
2007年4月26日の札幌ドームでの千葉ロッテマリーンズ戦で始球式を行った。試合はダルビッシュ有の好投でファイターズが連敗を止め、天海を「勝利の女神」と讃えるファンもいた。
ドラマラストプレゼント〜娘と生きる最後の夏〜ではすい臓がんで余命3ヶ月の主人公を演じるに当たって、7キロも減量した。(今は53キロ)
性格は良くドラマの共演者やスタッフから好かれている。姉御肌なところがあり、みんなを引っ張っている。
ドラマトップキャスターのPRのためFNNスーパーニュースに出演。実際に原稿を読み、キャスターの安藤優子から「本物のキャスターみたい」と絶賛された。
宝塚の同期の中で特に絵麻緒ゆう、姿月あさと、鷹悠貴とは互いに認め合う仲よしである。

宝塚時代の出演作品
『ミー・アンド・マイガール』87年新人公演初主演。95年には退団公演となった。
1988年『南の哀愁/ビバ!シバ!』
1989年『赤と黒』(バウホール公演)
『新源氏物語/ザ・ドリーマー』
1990年『川霧の橋/ル・ポアゾン』
1991年『ベルサイユのばら』
『銀の狼/ブレイク・ザ・ボーダー』
1992年『PUCK/メモリーズ・オブ・ユー』
1993年『 グランドホテル/BROADWAY BOYS』
『花扇抄/扉のこちら/ミリオン・ドリームズ』(トップお披露目)
1994年『風と共に去りぬ』
『夢の10セント銀貨』
『エールの残照/TAKARAZUKA・オーレ!』
『LE MISTRAL・・・鏡の中に消えた男・・・』
1995年『ハードボイルド・エッグ/EXOTICA!』(阪神・淡路大震災のため東京公演のみ)
『ある日どこかで-SOME WHERE IN TIME-』

退団後の出演作品
映画
クリスマス黙示録(1996年) - 杉村葉子 役
MISTY(ミスティー)(1997年) - 真砂 役
必殺仕事人(1999年) - おとよ
残侠(1999年) - 志垣市子 役
プリンス・オブ・エジプト(1999年) - ツィッポラ(声) 役
黒の天使vol.2(1999年) - 魔世 役
狗神(2001年) - 坊之宮美希 役
連弾(2001年) - 佐々木美奈子 役
柔らかな頬(2001年、デジタルハイビジョン上映) - 森脇カスミ 役
千年の恋 ひかる源氏物語(2001年) - 光源氏 役
突入せよ!『あさま山荘』事件(2002年) - 佐々幸子 役
うつつ-UTUTU-(2002年) - 傘の女 役
ござまれじ(2003年) - 竹村ゆり 役
世界の中心で、愛をさけぶ(2004年) - 朔太郎(現代)の上司 役
いぬのえいが(2005年) - 美春 役
バッテリー(2007年) - 原田真紀子 役
サウスバウンド(2007年10月公開予定)

ドラマ
金曜エンタテイメント 橋の雨(1996年7月19日、フジテレビ) - 江坂衣津子 役
ドラマ新銀河 家族注意報!(1996年8月5日 - 8月29日、NHK) - 川田歩 役
シングルス(1997年10月14日 - 12月16日、フジテレビ) - 小野寺あさひ 役
金曜エンタテイメント 左手に告げるなかれ(1997年12月12日、フジテレビ) - 八木薔子 役
石光真清の生涯(1998年) - お花
デジドラ「ワンシーン」レンタルビデオショップ編(1998年) - 祐希 役
新選組血風録(1998年) - お清 役
殴る女(1998年、フジテレビ) - 立花蓉子 役
七曲署捜査一係'98(1998年、日本テレビ) - 菊地久子 役
素敵にライバル(1999年) - 尾形陽子 役
恋愛詐欺師第一話(1999年、テレビ朝日) - 篠原裕美 役
蒼天の夢〜松蔭と晋作・新世紀への挑戦〜(2000年) - 高須久子 役
女検死官(2000年7月21日、フジテレビ) - 頼口涼子 役
柔らかな頬(2001年) - 森脇カスミ 役
歌恋温泉へようこそ(2001年) - 幸子 役
凍える牙(2001年) - 音道貴子 役
Fighting Girl(2001年、フジテレビ) - 三井祥子 役
水曜日の情事(2001年、フジテレビ) - 主演・佐倉あい 役
大河ドラマ 利家とまつ〜加賀百万石物語〜(2002年、NHK) - はる 役
東京物語(2002年) - カメラマン 役
あした吹く風(2002年) - 猪熊鈴子 役
薔薇の十字架(2002年、フジテレビ) - 主演・高畑暁 役
楽園のつくり方(2003年、NHK) - 星野涼子 役
流転の王妃・最後の皇弟(2003年、テレビ朝日) - 李香蘭 役
天国への応援歌 チアーズ〜チアリーディングにかけた青春〜(2004年、日本テレビ) - 中尾静江 役
ロックド・イン症候群(2004年) - 田島いずみ 役
離婚弁護士(2004年、フジテレビ) - 主演・間宮貴子 役
ラストプレゼント〜娘と生きた最後の夏(2004年、日本テレビ) - 主演・平木明日香 役
離婚弁護士スペシャル(2005年、フジテレビ) - 主演・間宮貴子 役
離婚弁護士II〜ハンサムウーマン〜(2005年、フジテレビ) - 主演・間宮貴子 役
女王の教室(2005年、日本テレビ) - 主演・阿久津真矢 役
女の一代記(2005年、フジテレビ) - 主演・越路吹雪 役
危険なアネキ 第8話(2005年、フジテレビ) - 間宮貴子 役
※日本酒の試飲のシーンに、ドラマ『離婚弁護士』の役柄のまま登場。
キッチン・ウォーズ(2006年2月25日、フジテレビ) - 主演・香坂真琴 役
女王の教室スペシャル(2006年、日本テレビ) - 主演・阿久津真矢 役
トップキャスター(2006年4月 - 6月、フジテレビ) - 主演・椿木春香 役
マグロ(2007年1月4日・5日、テレビ朝日) - 坂崎夏海 役
演歌の女王(2007年1月 - 3月、日本テレビ) - 主演・大河内ひまわり 役

舞台
マヌエラ〜燃える上海 恋する女〜(1999年) - マヌエラ(永末妙子) 役
天海祐希のピエタ(1999年) - 永井友子 役
パンドラの鐘(1999年) - ヒメ女 役
オケピ!〜The Orchestra Pit〜(2003年) - ハープ(如月さん) 役
阿修羅城の瞳 BLOOD GETS IN YOUR EYES(2003年) - 闇のつばき / 阿修羅 役
テイクフライト(2007年) - アメリア・エアハート 役
※11月24日から12月9日まで東京国際フォーラムcホールで公演
 その後、全国主要都市にて公演予定

ラジオ
TOKYO CONCIERGE(2003年4月 - 9月、J-WAVE)

CM
宝塚時代に出演したもの
阪急電車(当時、阪急ブレーブスの星野伸之投手と共演)
東京ガス

退団後に出演したもの
UCCブラック無糖 缶コーヒー
資生堂 UVwhite
武田薬品工業
月桂冠
サントリー
花王 ソフィーナ
NTT西日本
旭松食品
片岡物産
アリコジャパン
THE RIVER PLACE
日本和装
アサヒ飲料 十六茶
レリアン
日本ハム 美ノ国
東洋ゴム TRAMPATH MP4
積水ハウス シャーウッド

受賞歴
1996年
第33回ゴールデン・アロー賞 演劇賞
第12回浅草芸能大賞 奨励賞
1997年
日本アカデミー賞 第20回 新人賞(『クリスマス黙示録』)
1998年
1999年度E−ライン・ビューティフル大賞
1999年
1999年度 第3回日刊スポーツドラマグランプリ(7月 - 9月期)主演女優賞(NHK『素敵にライバル』 - 尾形陽子 役)
2001年
第34回シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀女優賞(『狗神』 - 坊之宮美希 役)
第14回日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞(『連弾』 - 佐々木美奈子 役)
2002年
2001年度 第5回日刊スポーツドラマグランプリ(10月 - 12月期)助演女優賞(フジテレビ系『水曜日の情事』 - 佐倉あい 役)
第23回ヨコハマ映画祭 主演女優賞(『狗神』 - 坊之宮美希 役 / 『連弾』 - 佐々木美奈子 役)
ブルーリボン賞 第44回 主演女優賞(『狗神』 - 坊之宮美希 役 / 『連弾』 - 佐々木美奈子 役 / 『千年の恋 ひかる源氏物語』 - 光源氏 役)
2001年ニフティ映画大賞 主演女優賞 (『狗神』 - 坊之宮美希 役 / 『連弾』 - 佐々木美奈子 役)
第25回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(『千年の恋 ひかる源氏物語』 - 光源氏 役)
2001年度 第5回日刊スポーツドラマグランプリ(1月 - 3月期)助演女優賞(NHK『利家とまつ』 - 佐々成政・正室 はる役)
2001年度 第5回日刊スポーツドラマグランプリ・年間グランプリ 助演女優賞(フジテレビ系『水曜日の情事』 - 佐倉あい 役、『利家とまつ』 - 佐々成政・正室 はる 役) 第3位に入賞。
2004年
2004年度 第8回日刊スポーツドラマグランプリ(4月 - 6月期)主演女優賞(フジテレビ系『離婚弁護士』 - 間宮貴子 役)
第41回ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞 ベストドレッサー賞(フジテレビ系『離婚弁護士』 - 間宮貴子 役)
2004年度 第8回日刊スポーツドラマグランプリ(7月 - 9月期)主演女優賞(日本テレビ系『ラストプレゼント』 - 平木明日香 役)
第42回ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞 主演女優賞(日本テレビ系『ラストプレゼント』 - 平木明日香 役)
2005年
第16回日本ジュエリーベストドレッサー賞ジュエリーベストドレッサー賞(30代部門)
2004年度 第8回日刊スポーツドラマグランプリ・年間グランプリ 主演女優賞(フジテレビ系『離婚弁護士』 - 間宮貴子 役)
『ラストプレゼント』平木明日香役で第3位に入賞
第46回ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞 主演女優賞(日本テレビ系『女王の教室』 - 阿久津真矢 役)
2006年
2005年度 第9回日刊スポーツドラマグランプリ・年間グランプリ主演女優賞(日本テレビ系『女王の教室』 - 阿久津真矢 役)
第32回放送文化基金賞番組部門・個別分野 出演者賞(日本テレビ系『女王の教室』第1回、最終回の演技)
第43回ギャラクシー賞 個人賞(日本テレビ系『女王の教室』、フジテレビ系『離婚弁護士II』『越路吹雪 愛の生涯』『キッチンウォーズ』の演技)
月間TVnavi 4月 - 6月期 ドラマ・オブ・ザ・イヤー2006 最優秀主演女優賞(『トップキャスター』(フジ系) - 椿木春香 役)







 何度かエキストラさんで天海さんの現場に行った事があります(笑)
 
 「トップキャスター」最終回の撮影で、皆さんに「お疲れ様」の挨拶をされる中、目が合い…

 なんか目が自然に上に上がっていってしまい失神しそうになりました…(爆)

離婚弁護士 DVD-BOX


離婚弁護士II~ハンサムウーマン~ DVDBOX


女王の教室スペシャル DVD-BOX


女王の教室 DVD-BOX


天国への応援歌 チアーズ


千年の恋 ひかる源氏物語


連弾


ラストプレゼント 娘と生きる最後の夏 DVD-BOX


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うつつ


必殺!三味線屋勇次


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